編集長 木村ナオヒロ
全国ひきこもり当事者連合会は、100万人以上はいるであろう、ひきこもり当事者の声を世の中に伝えるために、ひきこもり新聞を発刊することにした。
追い詰められないために
世の中に伝えていく理由は二つある。
一つは、マスメディアがひきこもりの実像をきちんと伝えていないと感じるからだ。
テレビに映るひきこもりは、ことさらに問題のある人間として取り上げられている。暴れまわり、無能で、無気力で、努力をしない人間として。
このような報道の仕方は世間の憎悪をひきこもりに向けることになり、より一層ひきこもっている者を追い詰める。だからこそ、ひきこもり新聞を発刊する。
声を届ける
もう一つは、ひきこもりを支援する場合はもっと当事者の声を聴いてほしいからだ。
一部のメディアは、ひきこもりを無理やり引っ張りだす方法を優れた解決策かのように取り上げる。しかし、ひきこもりが抱える問題は、他者が強制的に解決する問題ではなく、本人の生き方や気持ちに寄り添って解決していくべき問題だ。報道する側は、暴力的支援団体によって死亡事件が発生したことを重く受け止めるべきだ。したがって、ひきこもり新聞では当事者の意思を尊重した支援が広がるように当事者の声を伝えていきたい。
怒りと恥ずかしさと悔しさ
どのようにしてこの考えにたどり着いたか、自分のひきこもり体験について述べたい。
私は、おそらく10年近くひきこもり状態にあった。
過去を振り返ると失ったものの大きさに圧倒されそうになる。
しかし、ひきこもる理由があった。
弁護士になろうとしていた。
グレーゾーン金利の問題が社会問題になっていたとき、
お金を返せないという負い目を逆手にとり、恫喝し追い詰める人間を許せなかった。
借金の取り立てで苦しめられ、命を絶つ人を救いたいと思った。
だから、司法試験に挑戦した。
しかし、結果は、弁護士ではなくひきこもりになった。
大学受験に失敗して宅浪時代からひきこもりが始まり、
大学卒業後も人目を避けて勉強を続けたために人間関係が無かった。
ひきこもっていると集中力が続かなくなくなり、勉強はできなくなった。
朝、目が覚めた途端に、
絶望的な気持ちに襲われるようになり、
怒りに飲み込まれて感情をコントロールすることが難しくなった。
親子関係は悪化し、両親とは別居した。
別居中、一人で実家にいたある日、
両親が警察官を連れて強引な解決を図った。
これは、ひきこもりを罪人のように扱い、恫喝し、ドアを破る暴力支援団体の映像と重なる光景だった。
激しい怒りと恥ずかしさと悔しさが残った。
全国ひきこもり当事者連合会を設立し、
ひきこもり新聞を発行しようと決意したのは、
このような経験があったからだ。
だからこそ、ひきこもりを悪と決め付け、
追い詰める社会を変えたい。
力ずくで関係を改善しようとする方法ではなく、
当事者の気持ちをきちんと受け止める支援を広げていきたい。
卵の側に立つ
村上春樹の卵と壁というスピーチに次のような一文がある。
「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」
この一文に込められた思いと私は同じでいたい。
高く硬い壁に打ち付けられる卵がひきこもりだと考えるなら、私は常にひきこもっている当事者の側に立ちたい。たとえ間違っているとされていても、常に味方でいたい。私はひきこもりを肯定し、無条件で支持する。
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遠方からですが、応援しています。木村さんの言葉は力強くて励みになります。
引きこもりは引きこもり自身も自分を責めているし恥じているし
また、同じ引きこもりの仲間すらも軽蔑している。
そして引きこもりから脱した人間も元・引きこもりとして現・引きこもりを軽蔑しがち。
要するに仲間がいなさすぎるし、引きこもり経験自体を誇れない。
がんじがらめのスパイラルの様に苦しめられ、自分で自分を責め、孤立していく。
斎藤環さんが引きこもり全国連合会とかがあればいいとあったが本当にそう思う。
お互いにお互いを尊重し、共同体の様な形でこのような場がきっちりと存在すると良いなと
感じる。引きこもりは構造が複雑すぎる。
とりあえずでもいい、こういう場をもっと大きく、強固に、あってほしい。
引きこもり全国連合会には大賛成です。
引きこもるのは素晴らしいことです。
自分を騙して殺して誰かの決めた価値とルールに盲従してはなりません。
社会に対して感じている違和感はあまりにも純粋で正当なものです。
では先の見えない中での羅針盤とは?
楽園主義です。
http://www.ja.paradism.org/
https://www.youtube.com/watch?v=nPiBd0Z1c0g
資本主義の役割がもうすぐ終わるなかで次なる指針をだれもが求めています。
ニートの方々は感受性が鋭いのです。
その優しさ、柔らかさこそが次の時代を作ります。
ひきこもり経験ありの、アラサー女子です。ひきこもりの経験を活かして新聞を創刊されている木村さん、応援しています。
私自身はひきこもり後働いてますが、仕事を転々としながら今も人生しっくりすることなく(笑)、毎日送ってます。ひきこもりのときからの最大のテーマである、自分は何故生きているのか、自分がどこに向かっているのか、向かったらいいのか、まだわかりません。今も思考錯誤中で、精神及び肉体鍛練のために誰も知り合いのいない田舎に引っ越してみたけど田舎には田舎のしがらみがあり、都会だから、田舎だから人生楽になる訳ではないのだなと実感しています。でも田舎には逞しく生きている人が都会より多い気がするので何か学べそうです。
生きずらさについて、一人では見いだせないことも、同じように考える人と話したり、仲間がいると感じれれば心強いし、何か変わるのではないかと思います。同志がいることを知るってすごい落ち着きます。日本のひきこもり、世界のひきこもりで力を合わせたら結構な勢力になると思います。私も元引きこもりとしてひきこもり新聞を通して引き続きこのテーマについて考え、繋がっていきたいと思います。
私も引きこもり経験がある者です。今は何とか日々を生きています。
引きこもっている当時、テレビやメディアが流すステレオタイプの引きこもりのイメージが本当に嫌でした。特に、職員が暴力的に本人の部屋に押し入る映像は、更生という目的であっても怖くて仕方ありませんでした。打ちのめされるような感覚になる自分が悪いのか悩んだこともあります。でも、木村さんの経験から、ひきこもり新聞のような当事者から発信できるサイトの場が出来たことを嬉しく思います。救いが見えた気がしました。これからも応援しています。
引きこもりの息子の母親です。
彼は引きこもるだけでなく、言葉も全く喋りません。だから、その治療のため、精神科へ連れて行きます。
しかし、息子は、治す必要がないし、治る気も無いという考えです。
早く治ってほしい、と願ってきましたが、どこかで喋れない息子が羨ましいというか、このままでもいいのじゃないかという相反する思いも無いとはいえません。私自身は喋れてきた。でも、人と関わる事で苦しむ事も多かったからです。
こういう人生も一つの選択肢なのかもしれません。そのための就労支援、互助システムなど、ゼロか100かでない何らかの支援が得られればと思います。
世の中、健常者でもなく、障害者にもなれない人が山ほどいるのに、どちらかしか無いという法律ではしんどいです。置き去りにされる人はいっぱいいると思います。非常にもったいないと思います。
13年間、引きこもりの弟(38歳)がいます。
私は兄で42歳、両親は70歳です。
大学卒業と当時に実家へ戻り、何もせず3年が経過し、その後一度就労するも、パワハラをきっかけに退職、以来引きこもっています。
非常に起伏が激しくなり、両親への暴言、軟禁、暴力が始まっています。また、私に対しては、殺害予告をするようになりました。
県内の相談所、支援機関へ度々相談しましたが、どうすることもできないの一点張りで、最後は弟を残して夜逃げを提案されました。
両親や我々親近者は、絶望の淵にいます。このように、本人はもちろん、親族も社会から取り残され、国や行政から無視されて、死んでいくのだと、思う他ありません。世の同じような環境にいる方々で、その果てに、殺人や心中が度々起こるにも関わらず、どうして放置しているのか、理解できません。
現在、両親を連れて、弟からの逃亡を計画しております。相談さきや気持ちのやり場がない状況で、こちらのサイトにたどり着きました。
同じような環境にある皆さんはどのように過ごされているか、気になりメッセージしてみた次第です。