【9月号試し読み】底を知るから、踏み出せる~39歳ひきこもり。希望は選挙~


39歳ひきこもり。希望は選挙

地方議員は超ホワイト

今年の三月に選挙に出たんだ。市議会議員選挙というやつさ。
周囲の反応の多くが、選挙なんて無謀だろうというものだった。いや、そんなことはないんだって。地方議会の選挙なんてちょろいものさ。議員のなり手がいなくて五人に一人が無投票選挙で受かっちゃう。
しかも、地方議員の待遇はいいんだ。自分の地元の市議だと、議員報酬はなんと七百万円ももらえる。しかも、仕事は年間八十五日前後。超ホワイトだよね。世の中の企業も見習うべきじゃないかな。

公約にひきこもり支援と精神障害者の雇用促進を掲げたんだ。なにせ僕は二十年近くひきこもっていたからね。その道のプロと言ってもいいんじゃないかな。ワールドクラスさ。
障害者雇用にかんしても僕はその枠で五年近く働いていたんだ。辞めたのは、パワハラにあったから。上司が自社製品を買え買えうるさいんだ。だけどさ、それやっちゃうと最低賃金を下回っちゃうんだ。だから、断ったんだ。当然だろ。でも、君は会社にとって使えないやつだとかつぎの契約更新は無理だとか言うんだよ。ひどい話さ。ある意味差別がないと言えるかもね。障害者でも分けへだてなくパワハラしましょうってね。

理不尽さに異議を唱えるために

パワハラショックのあと、自殺願望が出てきちゃって電車に飛び込みたくなったんだ。
布団から起き上がれなくもなったよ。体が重くてさ。自分のところだけ重力がちがっているみたいなんだ。お風呂にも入れなくなったから異臭を放っていたと思う。
食欲もなくなって体重が七キロ近く減ったね。パワハラダイエットとして本を出そうかと真剣に考えたこともあるよ。メンタルを病んでいたから障害者枠で働いたのにパワハラで病気が悪化って笑えない冗談だろ?

そういう世の中の理不尽さもあって議員になることを決断したのさ。体調の問題があってぎりぎりまで立候補に悩んでいたんだけどね。主治医もよくOKしてくれたもんだよ。普通、患者が選挙に出ますと言ったら「お薬、追加しておきますね」となるだろうに。先生には感謝しているよ。

ひきこもりの当事者やボランティアさんが選挙活動を手伝ってくれたんだ。二百ヵ所以上も選挙ポスターを貼ってくれたりしてね。選挙カーや街頭演説で「ひきこもりでした。今もうつ病ですが何とかやっています」と訴えたよ。インパクトがあったんだろうね。スマホに夢中だった女子高生がびっくりしてこっちを向いたよ。あれは笑えたな。

出馬した結果

立候補者ってみんな公約を掲げているだろ。僕もそうしたよ。ひきこもりの支援をするってね。仮に当選したとしても実現できるのかって?できるんだな、これが。財源を自分の議員報酬から出すんだよ。公職選挙法に引っかからないようにね。僕はそういうことには頭が回るんだ。日本中の地方議員も、政務活動費の不正使用なんかよりそっちのほうに脳みそを使ってほしい。やり方なら教えるからさ。

結局、選挙には落選しちゃった。僕の地元では、選挙になるくらいには立候補者がいたみたいでさ。そのことにかんしては民主主義が多少は機能していると喜んでいいのかな。投票率は過去最低だったけど。
応援してくれた人たちのほとんどが、僕が落選すると思っていたみたいなんだ。おいおい、そりゃないぜ。ただ、組織力もなくて選挙活動もほとんどしていないのに何でこんなに票が取れたんだって首をかしげていた。そんなの想定内だっていうのに。落選したことだけが想定外だったんだよ。

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